英語との出会い 「卵エピソード 下」
クリストファ・コロンブスは1492年「西回り航路でアメリカを発見」と紹介されています。
中学一年の英語の時間に習った「コロンブスの卵」は今も強烈に私の脳裏に刻み込まれています。英語の授業で“No one can do it”「誰もそれをすることはできません。」のフレーズを教わり、数十年経った今も鮮明に私の記憶の宝庫に収められています。
コロンブスがスペインに戻って祝賀会が開かれた時の光景が思い出されます。一人の貴族が「西へ航海することは誰にでも出来る」と言い、彼の業績を素直に喜べないその貴族のあり方に幼いながらも疑問を感じました。科学技術が十分でなかった当時、大海原を航海する危険性は火を見るより明かです。祝賀会でコロンブスは会衆に向かって質問します。「誰か、この卵を立ててみてください。」一瞬沈黙が走ります。みんな必死に卵を立てようとしますが、結局誰も出来なかったのです。その時の彼の言葉が「No one can do it」だったのです。多感だった私はそれを深く味わい忘れることが出来ませんでした。
幸運にもコロンブスの映画がその頃、上演されていました。この場の雰囲気を中学生の私は好奇の眼で観察していました。「実にえらい!本当にえらい!」と大人たちはどうして言えなかったのでしょうか。コロンブスは卵を取り、やおら「こつこつ」と卵の底をたたきました。卵は立ったのです。誰かがやった後であれば誰でも出来ますが、最初にそれを思いつくのは何と難しいことでしょう。人間の嫉妬心がむき出しになっています。英語を通して私は人生の複雑さを中学生なりに体験し、他者をほめる心の姿勢を持ちたいと思ったものです。幼い頃の記憶は強烈と先人たちは力説しますがそれは本当でした。
神様が私に下さった知的好奇心はいつも、「努力すれば可能となる」という自負心を燃え続けさせました。努力することは工夫にも繋がります。沢山の試行錯誤をしている内にノウハウも生まれます。体験すること、失敗することも人生を歩むプロセスの一つだと思うと楽しみが倍加します。