笑い
修道女として学校に勤め始めたばかりのことです。
授業中に何気なく言った言葉に生徒が一瞬ざわめきました。
隣同士意味ありげにニヤッとしたり、一人で下を向いて笑ったり‥‥女子高校生の集団に慣れていない身には何事が起こったのか気になりました。
どうして笑ったのか聞いても教えてくれません。
黙ってそ知らぬ顔をしているか、ニヤニヤとしているだけでした。
そのうち、やっと一人が答えてくれました。
何気なく言った言葉が、最近テレビのコマーシャルに出てくる言葉と同じだったからと。
校舎が山の斜面に建っているため、窓のすぐ傍まで枝を伸ばしている大きな木を見て「この木、何の木?」と皆に尋ねた言葉がコマーシャルで流れていることを、その時初めて知りました。
日本人の笑いの不気味さは時々話題になりますが、一人だけ笑いの輪から外れるのは居心地の悪いものです。自分がその笑いの対象になっているときは特に。
勇気を出して説明してくれた生徒の気持ちをとても嬉しく感じました。
数年後あるクイズ番組を見ている時、「この木 何の木 気になる木‥‥」というコマーシャルが入りました。
ああ、これだったと勤め始めて日も浅く緊張していた頃を思い出しました。
あの時はまだ馴染みのない先生に生徒の方も緊張していたのでしょう。
それがあの妙な笑いになったのだなあと、懐かしく思い出しました。
あれから30年以上も経った今も時々あのコマーシャルを耳にします。
集団の中で最初に発言するには勇気がいります。そういう勇気‥‥その場のため、皆のために場合によっては愚かになれる優しい勇気を持ちたいと願います。