待合室で
待合室で
その日、私の予約時間は昼過ぎで、病院の待合室は閑散としていて、ただ幼子の泣き声だけが響いていました。見ると、隣の科の診察室の前で、一人の若い女性が椅子に座ったまま点滴を受けています。そのそばで2歳ぐらいの男の子が、点滴の管のない方の女性の腕やひざを叩きながら「おかあさん、おかあさん」と叫んでいます。母親は子供の気持ちが分かっているようで、何度もやさしく背や頭をなでようとするのですが、男の子はまるで慰められることを拒むかのように、床に身を投げ出し、転がりながら泣き喚きます。「おかあさん、おかあさん」と力いっぱい泣き叫ぶ声に、何か失うことを恐れているかのような響きがあって胸をつかれていると、「お母さんが痛いから注射をやめて帰ろう」と泣いているのだとささやいている看護士さんたちの声が聞こえてきました。
「さあさあ、終わったよ」と看護士さんが言いながら、お母さんの腕に止血綿を貼りましたが、男の子はまた泣き声を上げます。「さあ、この止血綿をとってちょうだい」と母親が腕をさしだすと、男の子はすぐ止血綿をとって看護士に渡し、母親に飛びついてその胸に顔を埋めました。
時折、思い出し泣きをする幼子の背をなでていた母親は、やがてゆっくり立ち上がって去っていきました。泣き疲れたように母親の肩に頭をのせている子供と母親の後姿に、「二人とも健やかでありますように、幸せでありますように」と祈らずにはいられませんでした。