「カブトムシ?」
「カブトムシ?」
9月のある朝、私は5番の市バスに乗っていました。私の前の席に、4歳ぐらいの男の子がすわっていて、何か手にもって一人遊びをしています。見ていると、左の手のひらに何かおいて、前にむかって角でも起こすようなしぐさをし、左右に羽を広げるようにしたあと、腕に這わせたり、空中を飛ばせたりしています。
男の子はまっすぐ前を向いていて、私からは横顔しかみえないのですが、どうも私に見せているようなのです。声は届かないので、私は口だけ動かして、「カブトムシ?」と尋ねました。男の子は前をむいたまま、うなずきました。一人遊びに余念のない子に、今度は「すごいね!」「面白いね!」と、私はやはり口だけ動かしていいましたが、彼はこれには応えません。「カブトムシだね?」と、私がもう1度いうと、彼はやはり前を向いたままうなずきました。
彼はとうとう私の方を見なかったのですが、彼がもうすこし大きくなったとき、いっしょに喜び楽しむ友達と出会ってほしい。大自然の中を一緒にかけまわって、たくさんの発見をしてほしい。本物のカブトムシにも、たくさんの生き物にもであってほしい。そして、大自然の豊かさ、すばらしさを知り、驚き、喜び、地球を大切にする人に成長してほしいと心から願ったのでした。