60パーセント
60パーセント
去年の12月、大学の1年生に90分の話をする機会があり、何日も前から心をこめて準備をし、すべてが順調に運んだのですが、なぜか、心に不満が残りました。私が話しすぎ、学生たちも疲れたのではないかと思ったのです。
その後、テレビでアメリカのある大学の授業風景を見ました。大きな階段教室で、1人の教授と多国籍らしい大勢の学生たちが熱心に討議を繰り広げている様子に心が躍りました。授業の後のインタビューで、「あなたは学生たちに100パーセント教えようとしているのですか」というような問いを受けた教授が、「いいえ、60パーセントです」と答えたのが印象的でした。それならば、教授にも学生にも創造的な余裕が生まれ、自由で独創的な発想ができ、将来に発展して行くような討議ともなり、それを実現させていく力にもなるだろうと感じたのでした。
余裕は人がもっている生来の力を目覚めさせ、信頼させ、新たな発見の喜びを与えてくれるのでしょう。それは人の力によらないものかもしれません。「綿密に計画されていない自由な空間に、神の霊は働かれる」というある作曲家の司祭のことばが思い出されました。