からだ全体で
　何年か前、祇園祭の宵々山の夕方、町へ向かうバスに乗っていたとき、幼子を抱いた母親に連れられて5歳くらいの女の子が乗って来て、私の横に座った後、母親の傍へ呼ばれて行きました。次のバス停で、1人のおじいさんが乗って来て、女の子の前にたちました。
ふと気がつくと、向かいの席に座っている外国人の青年が、声を立てずに大きく口を開けて笑っています。何が起ったのかと、私は女の子の方を見ましたが、女の子は見えません。
　しばらくして、そのおじいさんが私の前に立って、「あなたはあの女の子のおばあさんですか。」と尋ねます。「いいえ」と答える私におじいさんは、「あの子は言葉では何も言わないけれど、からだ全体で私に座れと言ってくれたんです。若いお母さんではそんなことは教えられないと思うので、あなたがあの子のおばあさんで、あの子に教えたのだと思いました。」と言います。私はその子のお母さんを指して、「お母さんが上手に教えられたのだと思います。」と言いました。
　幸せそうな顔のおじいさんも、声を出さずに笑っていた外国人の青年も降りて行った後のバスの中には、暖かな雰囲気が漂っていました。子供たちに祇園祭の鉾や山を見せに行くという母親に、鉾や山の置かれている場所を教えながら、私も女の子の手をとってしばらく歩きました。
　「からだ全体で」と言ったおじいさんの言葉が私の心に残りました。神様こそ「からだ全体で」ご自身とすべてのことを私たちに語って下さっているのだと悟ったのでした。