帰天
帰天
カトリック教会では、毎年11月は、特に亡くなった人々のために祈る月になっています。10月初めに1週間、私がセントルイスの修道院で過ごしている間に、高齢で亡くなった一人のシスターのお通夜と葬儀がありました。長年、病気のために頭を上げることができなかったというシスターが、安らかな美しい顔を見せて、ひつぎに横たわっているのを見て、集まったシスターたちが、「やっと頭を上げることができて よかったね」と、やさしく言い合っていました。葬儀は、悲しみのうちにも、神への奉献の生涯をつくし終えたシスターを、天の父である神のみ手にお返しする信頼と喜びの雰囲気に満ちていました。
私は、夫 英豪 神父さまがご自分で翻訳して、高野教会のミサのお説教で紹介してくださった 千 祥炳の「帰天」という詩を思い出していました。「わたしは空へ帰るのだ/ 夜明けの光に触れながら消える/ 夜露とともに手に手をとって、わたしは空へ帰るのだ/ 夕焼けの光とともに ただふたりで/ 山のふもとで遊ぶところへ 雲が手招きしたのなら、わたしは空へ帰るのだ/ 美しいこの世界での遠足を終える日/ 空へ帰って 美しかったと話すのだ…」
この11月、亡くなった人たちに思いをはせるとともに、私をこの美しい地球に送ってくださって、豊かな経験をさせてくださった天のお父さまである神さまに、私も、この地上での体験を喜び、感謝しながら報告したいと思うのです。