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雑踏の中で   その二

シスターメリー・パトリシア久野

人々が行き交う雑踏をぼんやり眺めているのが好きです。

高校生の頃、ホームで目の前を行き交う人々を眺めていて、とても寂しい思いをしたことを記憶しています。

ベンチに座っている私に誰一人目を向けません。私もまた誰にも声をかけません。
私と目の前の多くの人々との間に何の接点もないように思えたのです。

目の前の大勢の人々と私との間に、なぜ関わりが無いのだろうか‥‥疲れきったようなあの男の人‥‥私には何の関係もなさそう人、でも、あの人が帰ったら「お帰りなさい!」と飛び出してくる子供、あの人が亡くなったら悲しむ家族が居る‥‥。その家族にとってそれほど大切な人なのにどうして私には大切な人と感じられないのかしらと、とても寂しく不思議に思いました。

でも後にイエス様が
「私(キリスト)はぶどうの木 あなた達は枝である」   
「あなた達はこう祈りなさい‥‥天におられる私達の父よ‥‥」
とおっしゃった言葉などを通して、「神 キリスト」と「人間」の関係がはっきり示されていることを知りました。

私達人間は皆、神を父と呼ぶ兄弟姉妹として存在するということを知った時、それまで無関係に思えていた人々が、急に生き生きとした存在として自分に迫ってきたことを記憶しています。

その人が居ることが嬉しくて、雑踏の中で人々を眺めていたことを覚えています。

雑踏を、風景として眺めるのではなく神の存在の場として関わり眺めたいと思っています。