山椒の木
京都駅近くに住んでいた頃のことです。
そこは民家が密集していて、庭らしいものはありませんでした。玄関の前はコンクリートの狭い路地になっていましたので、鉢や土を入れた発泡スチロールを並べて植物を育てていました。
在る時、小さい山椒を実家から持ってきて植えました。二三日後その木が無くなっているのに気づきました。木ですから枯れても残っているはずです。
どうしたのかしらと周囲を見回しているうちに、隣の植木鉢の中にそれが納まっているのに気づきました。
お隣の方も植物が好きで、たくさんの植木鉢で色々なものを育てていらっしゃいました。その中の一つに納まっていたのです。その枝ぶりで、それとわかります。
どうしたものか、いい方法が思いつかぬまま二三日過ぎた頃、玄関先でお隣の方と顔を合わせました。そのとき、全く予期しない言葉が口をついて出ました。
「あの‥‥この山椒 私のですけど‥‥」
「あ、そう」
ただ、これだけの事でした。そして、隣の人はその山椒を元の鉢に戻してくれたのです。
その後も特別なことも無く以前と同じように親しくお付き合いは続きました。
色々な世界があること、さまざまな関わり方があることを知りました。
ただ、可哀想なのは山椒の木でした。
一週間の間に、三回も移し変えられて、とうとう枯れてしまいました。
一件落着、まずはめでたし! というところですが、これには後日談があります。
それはまた次にいたします。