マフラー
マフラー
その日、私は河原町三条のバス停で、205番のバスに乗ろうとしていました。そのバスはもう目の前に止まっているのですが、なかなか乗車口の扉が開きません。降車口の方を見ると、時間をかけて、外国からの観光客らしい方たちがぽつりぽつりと降りて来るようです。やっと乗車口の扉が開いて、私は驚いてしまいました。入り口まで立錐の余地もないと言えるほどいっぱいの人なのです。東京山手線の朝の通勤時の込みようが頭をよぎりました。
どうにか乗り込んだ車内は身動きもできないほどです。1日の観光を終えて、疲れを覚えながら京都駅へ向かう人たちも多いのでしょう。低い声で飛び交う外国語や少し強い語調の言葉も聞こえてきて、ちょっと険悪な雰囲気さえ感じたのです。
と、「そのあたりにマフラーが落ちていないでしょうか。あったら前へ送って下さい。」と言う落ち着いた女性の声が聞こえました。皆、思わず微笑んだに違いありません。雰囲気がかわりました。マフラーはすぐに見つかって、人から人へとわたって、無事に女性のもとに届きました。「ありがとうございました。」という明るい声が響きました。
私がバスを降りるとき、私に答える運転手さんの「ありがとうございました。」という声も明るく感じました。落とし物のマフラーが、人々の心を一つにした、小さな奇跡のようなできごとを人々は忘れないと思います。