年間第25主日
                   
(2018年9月23日)

 


                                     
 

知恵の書
(知恵2:12, 17-20)

 「〔神に逆らう者は言う。〕『神に従う人は邪魔だから、だまして陥れよう。我々のすることに反対し、律法に背くといって我々をとがめ 教訓に反するといって非難するのだから。彼の言葉が真実かどうか見てやろう。生涯の終わりに何が起こるかを確かめよう。本当に彼が神の子なら、助けてもらえるはずだ。敵の手から救い出されるはずだ。暴力と責め苦を加えて彼を試してみよう。その寛容ぶりを知るために、悪への忍耐ぶりを試みるために。彼を不名誉な死に追いやろう。彼の言葉どおりなら、神の助けがあるはずだ。』。」

  

  
 

 
 



 使徒ヤコブの手紙
                     (ヤコブ2:14-18)


「〔愛する皆さん、〕ねたみや利己心のあるところには、混乱やあらゆる悪い行いがあ〔ります。〕上から出た知恵は、何よりもまず、純真で、更に、温和で、優しく、従順なものです。憐みと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的でもありません。義の実は、平和を実現する人たちによって、平和のうちに蒔かれるのです。何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いが起こるのですか。あなたがた自身の内部で争い合う欲望が、その原因ではありませんか。あなたがたは、欲しても得られず、人を殺します。また、熱望しても手に入れることができず、争ったり戦ったりします。得られないのは、願い求めないからで、願い求めても、与えられないのは、自分の楽しみのために使おうと、間違った動機で願い求めるからです。」









マルコによる福音  
(マルコ8:27-35)
 
  「〔そのとき、イエスと弟子たちは〕ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。それは弟子たちに、『人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する』と言っておられたからである。弟子たちはこの言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、『途中で何を議論していたのか』とお尋ねになった。彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。『いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。』そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。『わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。』」