ノートルダム教育修道女会   祈りの家告知版  (2017年11月27日更新)

     2017年度 第3回 女子青年信徒黙想会の報告


 

  
去る11月11日〜12日に唐崎修道院で独身女性青年黙想会をおこないました。参加者は1名でご指導は御受難会の山内神父様でした。

テーマは『希望への道』副題は―神は卑しいはしためを顧みられた―でした。

第1講話 マルコ4:1-12
 時代背景は、それまではユダヤ教の強い時でキリスト教は誰もが信じる宗教ではなく殉教者も出た時代であった。質の高い信仰を持った殉教の時代で殉教に備えている信仰であった。マルコ1章〜13章は殉教の終った時である。『イエスは再び湖のほとりで教えはじめられた』イエスに癒されたい 聞きたいが、湖を越えてイエスの所に行こうとはしない。イエスのそばに行かなければ分からない話なのに、湖に入る試練や挑戦を避けて、自分は陸の安全な所に居てイエスに聞こうとしている。

種蒔きのたとえをもって、神の国への希望とよろこびを話されるが、人々には理解できなかった。試練も挑戦もない安全な所に居て湖を越えてイエスの所に行かない者にはわからない話である。神の国のよろこびと希望は殉教の教会にあってこそ得られる恵みである。

『信じるなら信じぬけ』とマルコはすでに信仰に入っている人々に話している。

第2講話 マルコ4:26-34
 神の国について、『成長する種のたとえ』のみことばでした。
種を蒔く人は神であり、種はキリストである。キリストである種が私の内に神によって蒔かれ、日々の生活の中での殉教と死によってキリストが芽生え、殉教と実が一つとなって神の国が実現する。でも殉教の教会は人間的には満たされないし信仰の実りの実感も伴わないが、キリストのように貧しい者になれば神が中心となって働いて下さり、30倍、60倍、100倍の実を結ぶのである。

 実を結ぶのはどんな土地なのかを祈りによって理解を深めていくようにと悟されました。みことばを語られた時代の背景を知ることは、みことばを深く理解する為にとても役に立つことだと分かりました。
 黙想会の為にお祈りと、御協力をいただきありがとうございました。今後とも身近にいらっしゃる若い方々への呼びかけとお誘いをよろしくお願いいたします。

 

次回の黙想会
 
日時:2018年2月17日(土)〜18日(日)

テーマ:『希望への道』―心に納めて、思い巡らす―
場所:ノートルダム唐崎修道院
指導:山内十束 神父様
対象:独身女子青年信徒
費用:2,500円